農家はこの時期でも忙しい

遠州日の丸会

2012年12月20日 22:13

ついこの間、11月23日の新嘗祭が終わって新米を頂く様になったけど
こんな寒い最中に もう来年のお米を作る為の作業が近くの田んぼで始まった。
これは近くに田んぼがないと知らない人が多いと思うけど
昨日までは ↓ こんな雑然としていた田んぼが




今日はもう ↓ こうやってお水が入っている。




本当に休む間もなく農家の方は働いている。
大変有り難く、そして寒い中働く姿に頭が下がります。

そして春先から夏にかけて緑の繁る田んぼもすごく好きだけど
こーやって雑然としてる田んぼも、お水が張られてる田んぼも
どっちも風情があって好きです。
田舎の古き良き田園風景。
お天気がいい日に この田んぼを見る先には日本一の富士山が見えます。

ちょっと画像荒いですが(汗)


静岡は良い所だなぁと思う瞬間の1つです。



<新嘗祭について>

今は勤労感謝の日と言いますが
1873年から1947年までは新嘗祭と呼ばれた国民の祝祭日でした。
新嘗祭は宮中祭祀のひとつの収穫祭にあたり
11月23日に神嘉殿の神座に天照大神の御霊をお招きして
米、粟を はじめとする穀物の今年の出来を奉告、感謝し
また新穀で作ったご飯やお酒を陛下がご自身で天照大神にお供えになり
ご自身でもお召し上がりになります。
神がお召し上がったとみなされるお供え物を人が頂くことにより
その神霊を人の体内に取り入れることができるという考えによるものです。
それは本来余人には替えられないものです。

なぜか?

天皇は即位の儀式の中で特別に「天皇霊」が賦与されるとされているからです。
だから天地の神々の地上代行者は時々の天皇しかいないのです。

神嘉殿の儀式は「夕の儀」(午後6時)と「暁の儀」(午後11時)と
同じことが二回繰り返されます。すべてが終了するのが24日の1時を過ぎます。
天皇陛下は堅い板の上に座布団も敷かずに2時間も正座しなければなりません。
ですから陛下は新嘗祭が近づくとテレビを見ながら
正座の練習をして臨まれているという事です。

1948年以降はGHQの占領政策により
皇室と国民との絆をこれ以上深めない様にする為に
「勤労感謝の日」と名を変え
「勤労をたっとび、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう日」と
我が国の新嘗祭と米国の感謝祭を折衷したような意義が賦与されました。
そして現在では広く
「働ける事に感謝、仕事がある事に感謝」と言う認識になっていますが
元々の意味は
「神に国民の作ったお米をお捧げする事で天皇陛下が国民の勤労に感謝する」
と言う意味だそうです。

昔はその年の新米は新嘗祭が終わるまでは誰も食べないのが習慣でした。
今では9月には新米がお店に出回りますが
天皇陛下は現在もこの新嘗祭までは新米をお召し上がりにならないのです。


私たちが毎日食べている食事は神話の時代に神の命と引き換えにもたらされ
天照大神が民に授けたものです。
だから天皇陛下は新嘗祭で天照大神をお招きし
ひとつひとつの食をご報告し、奉謝し、国民の安寧を祈られるのです。
日本人の食に対する感謝の原点が新嘗祭にあります。

いのちをいただく、で
「いただきます」

自然と両手が合わさります。
これは私が知っている諸外国では見られない挨拶です。

私はこーゆーの、すごく好きです♥


遠州日の丸会 花緒

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